情報モラル教育とは
モラルとは『(1)道徳。倫理。習俗。(2)道徳を単に一般的な規律としてではなく,自己の生き方と密着させて具象化したところに生れる思想や態度。』(広辞苑)とあり,社会に生きていくうえの基礎となる善悪の判断力や主体的な態度のことをいいます。したがって,情報モラルとは,「情報社会を生きぬき,健全に発展させていく上で,すべての国民が身につけておくべき考え方や態度」と考えることができます。情報教育のねらいを体系的に記述した「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議第1次報告(1997)」でも,情報モラルは「情報社会に参画する態度」のなかの重要な柱の項目になっています。
ところで,わが国の情報モラル教育の目的には,いわゆるモラル教育の観点とは別の側面があります。それは「情報社会に的確な判断ができない児童生徒を守り,危ない目にあわせない」,すなわち
危険回避(情報安全教育)の側面です。特に,情報モラル教育のなかで,現在,緊急に対処しなければならないのは,安全教育の側面と考えられています。確かにネットワークではさまざまな問題が起こっており,児童生徒を不用意にネットワークに参加させることは,予想もできない危険にさらすことになりかねません。しかし,モラルは,様々な場面での的確な判断力を養う礎(いしずえ)になるのですから,ただわけもわからず危険を避けるノウハウを教えるだけでは困ります。情報モラルは,情報教育のねらいである「情報社会に参画する態度」の育成,
ひいては「情報の科学的な理解」「情報活用の実践力」の育成のバランスのなかで育成することが求められる わけです。
情報モラルと日常モラル
情報モラルの具体的な目標を体系的に整理していくと,道徳などで扱われている「日常生活におけるモラ ル(日常モラル)の育成」と重複する部分が多いことがわかります。道徳で指導する「人に温かい心で接し, 親切にする」「友達と仲よくし,助け合う」「他の人とのかかわり方を大切にする」「他人を大切にする」な どは,情報モラルで指導する「自分の情報や他人の情報を大切にする」「相手への影響を考えて行動する」 「自他の個人情報を,第三者にもらさない」などの基盤と考えられます。
道徳においては,そのカリキュラムの軸のひとつとして,
1)主として自分自身に関すること
2)主として他の人とのかかわりに関すること
3)主として集団や社会とのかかわりに関すること
などの視点から内容が展開されていきますが,情報モラルではその「集団や社会」が仮想的(バーチャル)な 関係も含めた「情報ネットワーク社会」に置き換わるだけと考えてもいいわけです。しかし,日常の社会で は,個人,家庭,地域社会と順に経験しながら,ゆっくり時間をかけてその関係を理解していくことができ るのに対し,情報ネットワークでは,端末の前に座ってネットワークに接続した瞬間,あるいは携帯電話を 手にし,コミュニケーションを開始した瞬間に,見えない人とのつながりや社会との接点が同時に生じてし まう点が異なります。したがって,一方では,即座に出合うかもしれない危険をうまくさける知恵をさずけ ることが求められますが,長い目で見れば,情報社会の特性やネットワークの特性の理解をすすめ,自分自 身で的確な判断力を育成することが求められるわけです。ここに情報モラル教育を体系的に推進していく必要性があります。
情報モラル含まれる内容
情報モラル教育の内容は,大きく2つに分けられます。まずその1つは,情報社会における正しい判断や 望ましい態度を育てることです。「心を磨く領域」といってよいでしょう。この中には,情報発信に対する 責任や情報を扱う上での義務,さらには情報社会への貢献や創造的なネットワークへの参画などの領域があ ります。情報社会での規範意識を高めるためには心の教育が必要です。相手の立場に立って思いやりのある 行動を取ることはこれまでも道徳教育として行われてきましたが,ネットワークでのコミュニケーションで も相手を思いやる気持ちの大切さは同じです。また,決まりや約束を守る態度も大切です。ネットワーク社 会におけるルールとして著作権の尊重や個人情報の保護などがあります。これらのルールを守る態度も育て ていかなければなりません。さらに,ネット社会をよりよいものにしていこうとする態度も大切です。ネッ トワークからの恩恵を受け取るだけでなく,積極的に情報発信をしたり,ネットワークに貢献したりする態 度は,よりよいネットワークを構築する上で大切です。 つまり,「心を磨く領域」は,自分を律し適切に行動できる正しい判断力と,相手を思いやる豊かな心情,さ らに積極的にネットワークをよりよくしようとする公共心を育てることが求められていると言えるでしょう。
もう1つは情報社会で安全に生活するための危険回避の方法の理解やセキュリティの知識・技術,健康への意識があげられます。「知恵を磨く領域」といってよいでしょう。情報化が進展し生活が便利になればな るほど,危険に遭遇する機会も増大します。情報社会で安全に生活するための知識や態度を学ばせる必要が あります。健康への意識は情報モラルというよりは,生活習慣の面が強いですが,ネットワークの使いすぎ による健康被害やネット依存など健全な生活への悪影響を受けないように,適切な指導が求められます。
「心」と「知恵」の育成は常に表裏一体で,切り離すことができません。情報モラルの指導に当たっては,「心」も「知恵」も共に意識しながら,日常的に一体的に指導することが求められます。すなわち,すべての教員がかかわり,学校をあげて取り組むことが必要になるのです。
モデルカリキュラムとその構成
情報モラル教育は,学校をあげて体系的に取り組まなければなりません。その柱は次の5つになります。
1.情報社会の倫理
2.法の理解と遵守
3.安全への知恵
4.情報セキュリティ
5.公共的なネットワーク社会の構築
「情報社会の倫理」と「法の理解と遵守」の内容は,日常的なモラル指導の延長線上にあります。特に低学年では,基本的には日常モラルの指導を優先させることが次のステップのために重要です。ICTの活用が増えてくる中学年(3,4年生)から,徐々に情報社会の特性やそのなかでの情報モラルについてふれるようにしていくことになるでしょう。また,高学年や中学校・高等学校になると,心の教育としてのモラル指導は,低学年の場合と同じようにはいきません。情報社会への参画における責任や義務,態度の問題として,あるいは,自分の権利,他人の権利の尊重の問題として,自ら考えさせ理解させるように指導していく必要があります。また,社会は互いにルール・法律によって成り立っていることを知り,情報に関する法律の内容を理解した上で遵守する態度を養う方向に発展させていくことになります。
安全教育については,「安全への知恵」「情報セキュリティ」で展開されることになります。ここでは,「情報社会の危険から身を守るとともに,不適切な情報に対処できる」「安全や健康を害するような行動を抑制できる」「危険を予測し被害を予防するとともに,安全に活用する」などが具体的な目標になります。中学校・高等学校になると,「情報セキュリティに関する基礎的・基本的な知識」を身につけ,さらに,情報護身術ともいうべき「情報セキュリティの確保のために,対策・対応がとれる」ようになることも求められます。そして,これら健全な心と社会のルールの理解,安全に活用する知恵の育成を前提として初めて,健全で公共的なネットワーク社会の構築へ積極的に参画する態度を育成することができるわけです。