高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)は,重点計画-2006の中で,「主に保護者や教職員を対象にしたe-ネットキャラバンの実施等の施策を推進」,「少年,保護者等に対して情報モラル,フィルタリング機能等についての理解促進を図る」と述べています。これは,インターネット,携帯電話が児童生徒にも普及したことにより,児童生徒がトラブルに巻き込まれる事例が増加し,その対策が必要になってきたことを示しています。インターネット,携帯電話を使う際に守るべきルール,マナーや危険性に対する対処方法等をしっかり教えた上で,それらを利用させることが必要です。
保護者に何を伝えるか
インターネットや携帯電話の利用によるトラブルに児童生徒が巻き込まれた事例の多くは,保護者が契約した携帯電話やインターネット回線の利用によって起きています。そのため,学校での指導だけでなく,保護者による家庭での指導が重要です。
トラブル事例の多くは,保護者が児童生徒にそれらを利用させた際に,児童生徒がどのように利用するかを十分検討しなかったことに起因します。インターネットや携帯電話を児童生徒に利用させる時に,守るべきルール,マナー,危険から身を守るための注意事項などを教える必要があることを保護者に理解してもらい,教えるポイントを保護者に伝えることが必要です。
生徒をめぐる2つの大きな事件
以前,ある学校で,2つの事件が起きました。
事件1
複数の生徒が携帯電話のメールで連絡を取り合っていたことが原因となり,また,早期発見できなかったことも重なり,大きな事件に発展してしまった事例です。当該生徒の保護者は自分の子どもが日頃から携帯電話で友人とメールのやりとりをしていることは知っていましたが,何をやり取りをしているかは把握しておらず,子どもの変化に気づくことができませんでした。早期発見ができなかったことが事件を大きくしてしまいました。
事件2
ネットを通じて知り合った他校の生徒からネット上で誹謗中傷された事件です。被害にあった生徒は掲示板を設置したWebサイトの運用をしていました。その掲示板を通して遠方の生徒と知り合いになり,実際に生徒同士で会って,いっしょに遊ぶようになりました。しかし,ある時,些細なことがきっかけで仲が悪くなり,他校の生徒は友人数人と掲示板を荒らし,その生徒に対して誹謗中傷を行いました。
被害生徒は何度も抗議しましたが聞き入られなかったため,相手の生徒が通う学校にFAXで事実を伝え,その学校の先生に直訴したという事例です。
こうすれば良かった?
2つの事例とも,学校が関与しない場所で起きた事であり,学校の職員がその事実を聞いたのは事件が起こった後でした。保護者が児童生徒の様子の異変に早く気づいていれば,事は大きくならずに済んだのではないかと思います。 こういった事態を避けるには,以下に紹介するような保護者と連携した情報モラル指導が効果的です。
保護者向け啓発活動の実践
▲保護者への講習会
活動を行うタイミング
年間行事の中に位置づけ,毎年実施することが理想です。 しかし,それが難しい場合は,最低でも隔年で実施する体制は整えましょう。学校の地域の状況に応じて,小中連携した取り組みも検討することをお勧めします。 また,活動を行うにあたっては,保護者会の前の参観授業で,「親子で考える情報モラル」のような授業を行った上で活動するとよいでしょう。
活動を行う上での意識
携帯電話やインターネットの不適切な使い方から生じるトラブルについて,保護者に理解してもらうことを最初のねらいにするとよいでしょう。使いようによっては,児童生徒が加害者にも被害者にもなりかねない「物」を児童生徒に持たせているという「危機感」を保護者の方に抱かせるような流れを組むとよいでしょう。
また,「うちの子に限って…」とか「あの事例は都会で起こったこと。こんな田舎の学校なら大丈夫だろう。」などの思いを保護者に断ち切ってもらうようにすることも大切です。
保護者向け講習会の事前準備
アンケートの実施…事前に保護者と児童生徒の双方にインターネットや携帯電話をどのような状況下で,どのくらい利用しているかをアンケートで調査し,「保護者向け啓発活動」の冒頭で実態を示すとよいでしょう。
保護者向け講習会実施・そのポイント
(1) インターネット利用のメリット,デメリット
携帯電話やコンピュータによるインターネット利用の一般的なメリット,デメリットを伝えます。そして,児童生徒が大人になる頃にはネット利用があたりまえの時代になることも伝えます。
(2) インターネット利用の教育的価値
学校でのインターネット利用の教育的価値を示します。同時に,学校はフィルタリングソフトで教育上不適切な情報を遮断するよう対策を取っていることや,情報モラルの指導も行っていることを説明しましょう。
(3) アンケート結果
アンケート結果を示します。特に,例えば,携帯電話の利用が「電話としての利用」より「メールの利用」のほうが圧倒的に多いことなど,ポイントとなるようなことは強調したほうがいいでしょう。
(4) 保護者向けのアンケート結果
保護者向けのアンケートの結果も示し,その中で児童生徒の結果と比較して示すことが大切です。保護者は児童生徒に指導しているつもりでも,児童生徒は全くわかっていないという実態が見えてくるからです。
(5) ネット利用のトラブル・事件
家庭での携帯電話やコンピュータによるネット利用によって巻き込まれてしまったトラブル,事件などがあれば示します。可能な範囲で,自校や近隣の学校で起きた事件を取り上げれば,切実感を保護者に持ってもらうことが期待できます。
(6) 学校で行っている指導の内容
学校で行っている指導の内容を説明します。特に情報モラル指導の部分は強調すべきです。
(7) 学校でできることと保護者が行うべきこと
学校での指導には限界があり,家庭の協力が必要であることを話します。そして,「ここまでが学校で指導できること・すべきこと」,「ここからは家庭での保護者の指導・支援が必要なこと」と,情報モラルの問題について指導や啓発すべき点に関する役割分担の範囲を伝えます。例えば,携帯電話の取り扱いについて,持ち込みを禁止している学校においては「学校では生徒指導上,携帯電話を学校へ持ってくることを禁止しています。」ということを児童生徒に伝えながら,「保護者は『そもそも,何のために携帯電話を児童生徒に持たせるのか。』を児童生徒といっしょにしっかり考え,検討し,児童生徒への啓発を行ってほしい。」ということを保護者に伝えます。保護者に伝える機会としては,年度当初に学校の指導方針等を伝える保護者会などを活用するとよいでしょう。
(8) いたずら半分でも補導・逮捕
例えば,「威力業務妨害」などの言葉の意味を示し,状況によってはいたずら半分の掲示板等への書き込みであっても児童生徒が補導・逮捕されてしまう場合がある事も伝えます。
(9) 「転ばぬ先の杖」の発想で
児童生徒に携帯電話やコンピュータでインターネットを使用させる前に,保護者が児童生徒に伝えるべき事を考えてもらいます。「転ばぬ先の杖」の発想で考えてもらいます。ヒントを学校側から示すことも必要でしょう。
ヒント例
- 「~してはダメ」という否定的な言い方ではなく,「○○のような使い方をするといいよ。」と肯定的に児童生徒に伝え,親子で約束を決める。
- 「何か不安に思ったらすぐに利用をやめて,相談してほしい。」という保護者の姿勢も示す。
- 新聞やテレビ等で「個人情報漏洩」や「不正アクセス」に関する事件のニュースが報道された時に,同種の事件に自分も巻き込まれる可能性があることに触れ,対策をとることが重要であることを子どもに話す。
- 自宅のコンピュータのウィルス対策ソフトのウィルス定義ファイルやフィルタリングソフト,OS,アプリケーションソフトを最新の状態にする作業を子供に見せたりやらせたりする。
(10) トラブルが生じた場合の対処法
そのような手だてを講じていてもトラブルに巻き込まれた場合,どのような対応を保護者がとるのか,児童生徒がどう対応すればいいかをヒントを示しながら考えてもらいます。
ヒント例
- 身に覚えがない場合,不審なダイレクトメールが来てもそれに応じない。
(11) 大きなダメージになった場合の対処法
さらにそのトラブルが,大きなダメージになった場合についての対応をヒントを示しながら考えてもらい ます。
(
こちらのコラム参照)
ヒント例
- 第三者によって掲示板などに,氏名,電話番号,メールアドレスなどの個人情報が書き込まれた場合には,証拠を残してから掲示板の管理者やプロバイダに削除願いを出す。そして,学校にも知らせる。
(1)~(11)の内容以外にも,ネットトラブルを紹介している冊子を利用したり,学校関係者とは違う立場の方に講演してもらったりするのもよいでしょう。
講習会のまとめとその後の対応
(1) 小グループに分かれて(学級懇談会など),意見交換の場を設け,意識をさらに高めてもらいます。
(2) 講習会の感想を書いてもらい,学校便り等で知らせます。参加しなかった保護者の方にも学校の姿勢を伝えるために必要です。
(3) ネット利用によって起こるトラブルなどを,通信などの形で保護者に紹介していくことも必要でしょう。
実践のアンケート結果から
A中学校では,アンケートにより,学校が把握できていない,生徒の家庭での携帯電話やコンピュータによるネット利用の実態がわかってきました。
この実態を保護者会で示すと,保護者の方の多くがとても驚きます。さらには,例えば「家庭のコンピュータでインターネットへつなぐ時の約束を親子でしていますか?」という質問内容で,児童生徒と保護者にアンケートに答えてもらうと,児童生徒の認識と保護者の認識にズレがあることもわかりました。そのことも保護者に伝えると,多くの保護者の方が困惑の表情になりました。
こうした活動の中で保護者の中から
- 親が伝えたかったことを子どもが真剣に受け止めてくれたか不安である。
- この保護者会で出た内容を,家庭で子どもと話し合いたい。
- ネットトラブルについて,あまりに知らなかった。
- トラブルにあわないようにするにはどうすればよいか,あったときにどうしたらよいか知りたい。
などの感想がありました。
保護者の方に「危機感を持ってもらうこと」「親子の認識にズレがないようにしなくてはならないこと」を理解していただくことが,とても重要なことであると考えます。
実践のアンケート結果から
よりよい親子関係が築かれていることが,家庭での子どもの安全なネット利用の第一歩
ネットトラブルから児童生徒を守るために,最も必要なのは「よりよい親子関係の構築」です。
「家庭が児童生徒にとって安心できる場所」であることや,「困ったことが起きた時に児童生徒が親にいつでも話すことができる関係ができている。」ことが,トラブルを最小限に食い止め,児童生徒が被害者あるいは加害者になる前に食い止めることになるのです。 保護者がインターネットのセキュリティのことを詳しく知っている必要はありません。児童生徒のSOSを受け止め,一緒に善後策を考えることができることが大切なのです。
そのことを保護者向け啓発活動を通じて,保護者に再認識してもらうことで,児童生徒の健全な育成ができると考えています。